こどものこども。結婚7年目、32歳。
2010年5月に男の子が生まれました。

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息子の生まれた日・後編 21:13
破水したにもかかわらず帰されることになり、父と夫に連絡。ひとまず昼食を食べようということになり、我が家から徒歩5分のファミレスで父と落ち合う。タクシーで来いと父が言ったけど、バス停も近いしもったいないのでバスで向かう。その間にだんだん痛くなってくる。

バスを降りてファミレスに着く頃にはけっこうしんどくなってきていて、2時頃我が家に着くはずの夫に昼食がてら車で迎えに来てもらうことにする。
とりあえず両親と私は3人とも冷麺と小丼のセットを注文。なんだか底無しに食べられる気がする。母の残した小丼も食べる。
夫を待つ時間つぶしに、両親はドリンクバーを、私は抹茶パフェを追加。パフェなんて何十年ぶりだろ・・・。食べている途中から、痛みがつらくなってきたので間隔をはかりはじめる。13時半にはかりはじめた時点ですでに5分くらいだったんだけど、陣痛ってきっともっと痛いんだろうしやっぱり張りより痛みのほうが気になるので前駆だと思い、夫を待つ。多分、子宮の収縮よりも赤ちゃんが出る力が強いんだろうと母と話す。

夫が到着し、痛がる私を見て昼食いらないと言うが、エレベーターなし3階の我が家に戻るのも今から病院に行ってまた帰されるのも嫌なので、時間稼ぎのために食べることを強く勧め、メニューも私が決める。このときけっこう痛みが強くなっていたが、こんなときに限って注文を忘れられ、遅い!
急いで食べ終わり車で帰宅。でももう部屋まで上がる余裕はなく、預かってもらっている入院セット以外で必要そうなものを夫と母に取りに行ってもらい、私は車で待機しつつ病院に電話。4時にモニターに行く予定だったが、すでに間隔が10分を切っているようだと伝え、病院に向かう。
病院には車を停める場所がないため、夫は私と母を病院において一旦帰宅。父は夕方の電車+新幹線で岐阜に戻る予定のため、それに合わせて病院に来ることにする。

病院に着いたら再度モニター。助産師さんに間隔を尋ねられ、5分くらいと答えるが、2時半のこの時点で実は3分ちょっと。
張りより痛みが強いことを伝え、モニターを続けると、実際はよく張っているとのこと。
助産師さんによる内診の結果、子宮口は4センチ。それ以上に、赤ちゃんがすぐそばまで出てきていると言われる。やっぱり!
子宮口が開けばすぐ生まれるかもね〜という感じでさっきの部屋に戻り、またモニターをつけて陣痛に耐える。ここではまだ耐えられるレベル。

入院が決定したので母が夫と父に連絡。二人が到着し、父がうるさいと判断した母が廊下に連れ出し、ここから夫と二人。痛みはかなり強くなっていて、夫がさすったりしようとするが誰にも触られたくなく、ベッドで横になって壁に向かって耐える。
痛みはどんどん増し、壁と額の間にタオルを挟んでフーフー耐える。ようやく助産師さんが「そろそろパジャマに着替えて階段上り下りしましょう。ゆっくりでいいからね」と言いに来るが、着替えるのでやっと。夫に手伝ってもらい、何度も波を越えながら着替えるが、すぐにやってくる波のせいで移動できない。

そんなところについに先生登場。倒れ込む私を見るなり「あ、もう産む体勢になってる」と笑い、内診へ。
こんな状況で内診なんか受けられるんかと思いつつ内診を受けると、子宮口は8センチとのこと。
「じゃあ、分娩室に行きましょう。分娩室に入ったら、もう泣いても叫んでもいいから。」


長くなったので、最終章に続きます。


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