こどものこども。結婚7年目、32歳。
2010年5月に男の子が生まれました。

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息子の生まれた日・最終章 22:35
分娩室のある2階にヨロヨロと階段で上がる。
実はその2時間前に他の人が出産を終えたばかりで、産後2時間はカンガルーケアで分娩室にいるため、分娩室はまだ後片付けの真っ最中。その外の共用スペースでモニターを装着し、夫に支えられながら痛みにへたりこむ私。

ようやく分娩室の準備ができ、夫と一緒に分娩室へ。もうこのときはフーフーは叫び声に近くなっている。夫は丸椅子に座り、私は下着をつけたまま便座のような椅子に向かい合わせで座る。夫にしがみつきフーフー。痛いー!とも叫ぶ。外から母がカラカラ笑っているのが聞こえて、笑ってらーと思う。父はまだいるかな?とも気になる。夫にしがみついていると、夫のポロシャツの首の後ろがビリッといったのが聞こえ、ああ、バナリパの私もお気に入りのポロシャツなのにと思って掴む場所を夫の腿にかえる。

先生が来て、座る向きが逆と言われる。痛いのに、と渋々向きをかえる。夫が脇を抱え、先生が向かいに座る。まだ尿取りパッドをあてて下着をはいた私のお尻を押さえ、「呼吸はさっきやってたようにゆっくりね。もう力を入れたかったら入れてもいいです。」と言われるが、どう力を入れていいのかわからない。
そんなふうに夫の腕や指を力いっぱい痛め付けつつ繰り返していると、腰の痛みが限界に。
「腰が痛い」と申し出ると、じゃあ分娩台に移動しましょうということになる。いつの間にか先生はいなくて、腰が痛いならまず分娩台に手をつきましょうか?と助産師さんに言われるも、「寝たいです」と主張し「たれぞうさんウケる〜」と笑われる(すでに陣痛中「これから入院になるけど、ごはん食べました?」ときかれ、「たくさん食べました」と答えて「たれぞうさんウケる〜」と言われている)。

分娩に横になり、また何回かフーフーする。力を入れていいと言われても、やっぱりまだわからない。父がまだいるのかも気になる。そのうち助産師さんが内診。
「おお!全開です。産んでいいです。」
と助産師さんが笑い、別の助産師さんに先生を呼んできてくれるように言う。
そう言われたらもう、一刻も早く産みたいので、よくわからないけどいきんでみる。ベリーダンスのときに練習したみたいに、腰のくぼみをなくすように踏ん張ってみるとなんとなく出て来るスポットに何かあるような気がしてくる。でも何も出てきていないようで(一回じゃ当然だけど)、あと何回いきめばいいんだと気が遠くなる。

それを数回繰り返しているうちに先生到着。
いきむとどうしても膝が内側に入ってしまうのを何度も直しつつ、思い切りいきむ。何かが出て来る気配。おお!と隣で興奮する夫。
「赤ちゃんの頭が見えてきています。」
と静かに先生。内心、見えただけかよ!と思い、もう一度いきむ。応援する夫。出て来るところがミシミシ痛い。でも出さないとずっと痛い。ミシミシしようが関係ない!出してやるー!!

夫「おお〜〜〜!!」
にゅるりん

壷焼きサザエの身が出るように、物体が出て来る。その後夫に聞くところによれば、直後に助産師さんが首に巻き付いていた臍の緒を外していたそう。
ふにゃ〜、ふにゃ〜と数回泣いて、息子は私のおなかの上にやって来ました。おなかの上にやって来るとぴたっと泣き止み、もぞもぞ、もにゃもにゃ。

私が母に。
夫が父に。
両親が祖父母に。

なった瞬間でした。
その瞬間は、感動で涙を流すに違いないと思っていたけど、実際はやっとでたー!痛いの終わったー!でした。
ちなみに息子を見た私の第一声は「黒いー」でした。夫に聞くと、「よく頑張ったねえ」とも言っていたらしい。


その後、胎盤を出し(これまた痛い)、子宮収縮の注射。夫が臍の緒を切る。

そして先生がオシモを縫合。
多少の裂けるのは覚悟していたけど、待てど暮らせど縫合が終わらない。もちろん麻酔は無しで、出産の痛みに比べたらチクチクする程度、と聞いていたのに、あまりにも長いこと縫合しているので普通に激痛。あのー、前から後ろまで、かなりの距離縫合してますよね?
ようやっと縫合が終わったところで先生、「今回会陰から膣まで、また深部までかなり裂けました。それは縫合したので大丈夫だと思いますが、Gもかなりひどくなっているので産後はかなりつらいと思います」的なことをおっしゃる。先生が行っちゃったあとも、助産師さんが「かなり縫ったし、それよりGがひどすぎるのでしばらく安静。産後は専門のお医者さんに行ったほうがいいかも」と繰り返す。そして今、立ち上がるのもやっとこのヨレヨレ生活です・・・。


産褥パッドをあてられて、オムツ状態のところに両親が入ってくる。そんな格好はどうでもよくて、父が間に合ってよかったー、と思う。息子を確認した父は、「よし!じゃあ悪いけどこれで!」と、予定より1時間遅い電車で帰っていきました。


これが、息子の生まれた日の一部始終です。
長々と読んでいただいたみなさん、ありがとうございました。


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とにかく痛かった。
| 出産 | comments(8) | - | posted by たれぞう -
息子の生まれた日・後編 21:13
破水したにもかかわらず帰されることになり、父と夫に連絡。ひとまず昼食を食べようということになり、我が家から徒歩5分のファミレスで父と落ち合う。タクシーで来いと父が言ったけど、バス停も近いしもったいないのでバスで向かう。その間にだんだん痛くなってくる。

バスを降りてファミレスに着く頃にはけっこうしんどくなってきていて、2時頃我が家に着くはずの夫に昼食がてら車で迎えに来てもらうことにする。
とりあえず両親と私は3人とも冷麺と小丼のセットを注文。なんだか底無しに食べられる気がする。母の残した小丼も食べる。
夫を待つ時間つぶしに、両親はドリンクバーを、私は抹茶パフェを追加。パフェなんて何十年ぶりだろ・・・。食べている途中から、痛みがつらくなってきたので間隔をはかりはじめる。13時半にはかりはじめた時点ですでに5分くらいだったんだけど、陣痛ってきっともっと痛いんだろうしやっぱり張りより痛みのほうが気になるので前駆だと思い、夫を待つ。多分、子宮の収縮よりも赤ちゃんが出る力が強いんだろうと母と話す。

夫が到着し、痛がる私を見て昼食いらないと言うが、エレベーターなし3階の我が家に戻るのも今から病院に行ってまた帰されるのも嫌なので、時間稼ぎのために食べることを強く勧め、メニューも私が決める。このときけっこう痛みが強くなっていたが、こんなときに限って注文を忘れられ、遅い!
急いで食べ終わり車で帰宅。でももう部屋まで上がる余裕はなく、預かってもらっている入院セット以外で必要そうなものを夫と母に取りに行ってもらい、私は車で待機しつつ病院に電話。4時にモニターに行く予定だったが、すでに間隔が10分を切っているようだと伝え、病院に向かう。
病院には車を停める場所がないため、夫は私と母を病院において一旦帰宅。父は夕方の電車+新幹線で岐阜に戻る予定のため、それに合わせて病院に来ることにする。

病院に着いたら再度モニター。助産師さんに間隔を尋ねられ、5分くらいと答えるが、2時半のこの時点で実は3分ちょっと。
張りより痛みが強いことを伝え、モニターを続けると、実際はよく張っているとのこと。
助産師さんによる内診の結果、子宮口は4センチ。それ以上に、赤ちゃんがすぐそばまで出てきていると言われる。やっぱり!
子宮口が開けばすぐ生まれるかもね〜という感じでさっきの部屋に戻り、またモニターをつけて陣痛に耐える。ここではまだ耐えられるレベル。

入院が決定したので母が夫と父に連絡。二人が到着し、父がうるさいと判断した母が廊下に連れ出し、ここから夫と二人。痛みはかなり強くなっていて、夫がさすったりしようとするが誰にも触られたくなく、ベッドで横になって壁に向かって耐える。
痛みはどんどん増し、壁と額の間にタオルを挟んでフーフー耐える。ようやく助産師さんが「そろそろパジャマに着替えて階段上り下りしましょう。ゆっくりでいいからね」と言いに来るが、着替えるのでやっと。夫に手伝ってもらい、何度も波を越えながら着替えるが、すぐにやってくる波のせいで移動できない。

そんなところについに先生登場。倒れ込む私を見るなり「あ、もう産む体勢になってる」と笑い、内診へ。
こんな状況で内診なんか受けられるんかと思いつつ内診を受けると、子宮口は8センチとのこと。
「じゃあ、分娩室に行きましょう。分娩室に入ったら、もう泣いても叫んでもいいから。」


長くなったので、最終章に続きます。


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まさかの三部構成
| 出産 | comments(0) | - | posted by たれぞう -
息子の生まれた日・前編 18:51
先日の記事にたくさんのコメント、本当に本当にありがとうございました!
お返事はのちほどゆっくりさせてください。

息子を産んだのは一昨日のことなのに、もうはるか昔のことのように感じます。本当にどんどん忘れていく。ので、出産した日のことを今のうちに記しておこうと思います。

*******************

前日に2回目の卵膜剥離をしてもらって、その夜は10分おきに弱い痛みを伴って強く張るもののそのまま遠のいて迎えた22日の朝。人工的なおしるしは続いている。
前日のカレーを朝食に食べてゲゲゲの女房を観て、出張で東京に来ていた父を家に残して母と病院へ。

ルーチンのNSTを受けると、おなかの子はなかなか動かずいつもより時間がかかる。元気なことが確認できたので、次の日9時半に来て下さいと言われて「日曜で休診日なのに親切だね〜」と言いつつ帰路につく。
いつもはそのあとミスドで休憩して帰るんだけど、さすがにもう飽きたのでドトールで抹茶フローズンを食す。

帰る途中、野菜の安いスーパーに寄り、立派なピーマンとたくさん入ったミニトマト、安いフィリピンマンゴーを買う。今夜はピーマンの肉詰めにしようと話ながら帰る。なんだかいつもより下腹部が重いけど、卵膜剥離したんだしもういつ生まれたっていいんだから気にせず歩く。

家に着きトイレへ。なんとなく水っぽいものがわずかに出ている気もするが、汗ばんだだけなんだろうとすませ、トイレを出て数歩歩いたところ・・・

ジョロジョロ

「あ、破水したかも」と父母に言い残し再びトイレへ。確認すると、出たばかりのまだナプキンに吸われていない血液混じりの液体がこんもり。「破水だー!」と叫び急いで100均で買った尿取りパッドをあてて、トイレを出て入院グッズを最終確認しつつ病院に電話。来て下さいとの確認をとって、タクシーを呼ぶ。たとえ出産になってもその日に岐阜へ戻る予定の父は我が家で待機。けっこう冷静に両親に指示したり準備したりしながら、思い出したように昼まで仕事の夫の携帯に留守電を入れる。もう産前に戻ることはないだろう、と思いながら母と家を出る。この時点で規則的な痛みはなく、時々重い生理痛のような下腹部痛。張るというよりは痛みのほうが気になる。張りだけなら昨晩のほうが強かったような。

病院に着くと、助産師さんと今までの経緯を話しながらまずNST。やっぱり張りはそれほど強くはない様子。破水した人は必ず飲む抗生剤を数回分渡され、1錠飲む。ここで帰される予感。

そして先生の内診。子宮口は3センチ。「赤ちゃんの髪の毛が触れるね」と言われ、髪の毛生えてるんだ!と妙なことに感心。この時点で、赤ちゃんの頭で塞がれているからか羊水の漏れはあまりなくなっている。

結局やっぱり帰されることに。夕方4時にまたNST、その前に10分間隔になったら来院するようにとのこと。持ってきた入院セットは預かってもらう。預かり場所には、もう一人帰されて預かってもらっていると思われる人の荷物が。その日お産がすでに3人予定されていると案内に出ていたので、キャパ6室の病室が気になり、この人より早く産みたい・・・と思う。ごめんなさい、その人。


後半へ続きます。


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初の前後編
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